【50代女性】死が近いと向き合った時

先日、高齢者の施設に入居している母親が腰を骨折して容態が急変した。

来月に自分のもとへ引き取る話が、入院を勧めてくださる医療と介護のコーディネーターさんとのコミュニケーションがとれなかった。

私の母を少しでも回復させたい事と、私の精神・体力・金銭面を案じてくれて最大のご好意で助言してくださる想いではあると思うが、ちょっと行き過ぎていた。

『愛する娘の元で最期やっと暮らせる』

『可愛い孫の顔が一日一回でも見れる』

急変したから尚、この思いだけが生きる力となっている母親の意志を、私は尊重したい。

入院すれば叶わない、夜中にパンや肉まんを食べることも、餡こでも明太子でも、好きなものは何でも食べさせてあげたい。

私の飲んでいる、プロテインも関節痛に効果発するヨシキリザメの軟骨も毎日シェークして飲ませてあげる。

そんな事意味がないと笑われてもいい。

決して感情的になどなっていない。

歩ける姿に戻って欲しいには決まってるけど、そのために病院に入院・リハビリの孤独と苦痛を味あわせたくない。

入院すると、どんな状態で帰ってくるかを何度も見ている。

人間に寿命がないのなら、きっと、医療にすがり回復を望んだことと思う。

私は母を、『患者』ではなく『母親』とみている。